う……すげー重い。はやくどいて欲しい……。よくわかんないけど、全員オレの上に乗っかってんじゃないだろうか。上のほうで藤枝と風間の声が聞こえるような……。
「か、かがみ…おいてくれ…」
耳のすぐ側で晶一の声がした。……やっぱ全員乗ってるのか(涙)
 碧が鏡を置いた後すぐ戻って来て、それからやっとみんなどいてくれた。はー苦しかった。
「とーや、とーや? 大丈夫?」
身体を起こして座り込んだオレの制服の埃を碧が払ってくれる。だいぶ痛かったけどケガしてないみたいだし、平気だぜ心配しなくても。
「…痛そうな顔もしないのね。とーやったら本当に強いんだから」
いや痛かったんだけどさ、もしかしてつぶれてる間ぐらいは顔に出てたかも……そんなことないか。とほほ。
晶一と風間はなんだか知らないけど横で盛り上がっている。もー、ひとをつぶしといて、横でどつき漫才してないでほしいなぁ。もちろん藤枝がそれを写真に撮って。……まぁ、いいか。
 しばらくそれをぼーっと見ていたら、碧が鏡のことを教えてくれた。見ると、確かに他の鏡と同じように淡く光っている。んじゃ、次行こうか。
 妖精さんが、漫才コンビは放って行こう、などと言ったけど、声をかけたらふたりともどつき漫才はやめてついて来た。なんか、よれっとしてるぞふたりとも。身体はってるなぁ。
「……風間くんと晶一先輩って、本当はとっても仲良しだったのね」
それを見て碧が微笑んだ。そうかな。オレは前から漫才やれてうらやましいなーと思ってたよ。
「あ、勿論、薫夜が一番、晶一先輩と良いコンビだけど」
えっ。そ、そうかな? でもオレ漫才は心の中でしかできないしっ。
「そうよ、絶対」
碧がオレの顔を見てしっかり頷いた。そっかぁ。よーし、オレも晶一とどつき漫才できるよーにがんばるぞーっ。ありがとう、いもーとっ。
決意も新たに晶一を見ると、今の話を聞いていたのか、笑顔でこっちを見た。へへへっ。お前もオレが一番だと思っててくれてるかな? そうだといいけど。

 最期に4階の女子トイレに鏡を置いて、これで全部終了っと。
「今度は…正しい位置に並べなおせばいいんだなっ」
回収して回るんだな。でももう入れなかったり重かったりはしないだろうから多分楽だよ。よし行くぞ、と思ったところで妖精さんが声をかけてきた。
「その前に、屋上、行こうっか?」
「屋上?」
「そうや、珍しい物は見れるで。」
珍しいモノ、という言葉に藤枝の目が輝く。よくわかんないけど、面白そうだな。ちょっと歩きまわって疲れたし、屋上で休憩するのもいいか。

 屋上に出ると、太陽はもうすっかり隠れようとしているところだった。雲の間から僅かに光が漏れて、空は茜色から朱鷺色、そして夕闇の色へと変化していく。
 あーあ、なんだか大変な一日だったよなぁ。みんなも同じ気持ちなのか、爽やかな風を感じながら、その夕日をしばらく眺めていた。藤枝だけは高等部の校舎が珍しいのか、あちこち見てまわってたけど。
「そろそろやな…。みんな、校庭良くみてるんやでー」
妖精さんの声に校庭を見下ろす。しかし、姿見ずっと持って歩くのは重たいし面倒だし、ちょっと恥ずかしかったんだぞ。
 でも校庭も別になにもかわったところはないよなぁ……と思ってたら、すぐに変化が現れた。グラウンドに、光の点がある。その光点からさらに光が伸びて、それぞれを結んでいく。……これは、鏡に映ってた模様と同じだ。
なるほどー、あの鏡はこんなしかけになってたのか。もしかして、これで模様の中から巨大ロボットが出てくるとかっ!? ドーマキサラムーンって唱えないとダメかっ?
 大きな円形の輝きができあがると、次にそこに文字や記号が浮かんでくる。ダメだな、なんて書いてあるのかはわかんないや。
そして、最期にひときわ強い輝きを発して、それはゆっくりと空気に溶けるように空にのぼっていった。ああ、もう消えちゃうのか。ロボット出てこないんだな、がっかり。

 その時、不意に。
あの時々感じる「誰か」の気配がした。しかもすぐ近くから、強烈に。

 ………上?

反射的に見上げると、空中に浮かぶ半透明の人影が見えた。杖と、長い髪と、裾の長い不思議な形の服……。男、かな?
校庭を見ていたその人は、オレの視線に気づくとこちらを向いて柔らかく微笑み……そして、消えた。
 まるでそこには最初から何もなかったかのように、風が吹いた。

「これで、リセット完了や」
嬉しそうに妖精さんが宣言したのが聞こえるまで、オレは空をぼんやり眺めていた。
「ってことは何か。これから再起動ってことだなおい」
「そういうこっちゃ、後は、ここの仕組みがやってくれるんや」
さっきのが誰なのはわかんないけど、まぁいいか。また会うこともあるかもしんないし。
それにしても、またさっきの鏡をつけかえにいくのかー。そろそろおなかすいてきたなー。
「よし、行くぜ、ひーちゃんっ」
晶一が木刀をかつぎなおして、笑った。そうだな、はやくすませて、帰りにラーメン食ってこーな。

 それからまた4階、2階をまわって鏡を外して戻って順番どおりにつけかえて、最期に姿見を被服室に持って行った。
「ほんま、おおきに。これで、もう大丈夫や」
お礼を言う妖精さんに、みんなが別れを惜しんでいる。これからまたしばらくこの中で眠ると言う妖精さんも、どこか寂しげだ。
 碧が特にしょんぼりしていたら「もし、あんたらに何かあったら必ず手を貸しにくるさかい、鏡に向かってわいを呼ぶんやで」などと約束している。それにすっごく嬉しそうに頷いたのは藤枝で……もしかしてすぐに呼び出す気か?
 そういやまだ名前も聞いてなかったなとふいに気づいて、尋ねてみた。
「そやったな。わいの名前はミリィや。」
ミリィか。なんとなく劉とかケロとか、そういう名前のような気がしてたけどきっと気のせいだよな、うん。
 最期に妖精さんはなんだかよくわからないことを言い残した。
「そうそう、わいが会った、この学校の仕組み考えた人の事調べたかったら、学校内をよく見るんやな。見えるのに見えない所にヒントはあるで」
「見えるのに…見えないところ?」
「あぶり出しか?」
んー、よく校庭の木の下に立ってる足の透明な人とか? ってそれはちゃうやろ。けどあのお姉さんも気になるんだよな、話しかけられないから気になるだけでなんの解決にもならないけどさ。
「それじゃ、みんな達者でな、ほなな〜」
ああっ、ちょっとはヒントぐらいくれっ! なんて言うヒマもなく、妖精さんは鏡の中に消えてしまった。うーん、もう見えない。寝ちゃうと見えなくなっちゃうんだなーきっと。
「あ〜あ、いっちまったな」
「いっちゃったね」
「騒々しいが、それなりに愛嬌のあるやつではあったな」
晶一と藤枝がほぼ同時に呟く。風間もなごり惜しそうだ。碧は特に。
「な〜にしけた面してんだよ、ほらっ」
「……。そう言ってる晶一先輩だって……」
「しばしの別れってやつだ、なに、またあえるさ。」
「そーだね、次の掃除のときに会えるかも知れないし」
「そう…ですね。何時か、きっと…。……あさひちゃん?」
そうそう、呼んだら出て来る、なんてゆってたしなっ。藤枝のにっこりはなんか不安だけど。
 その場の雰囲気をふっきるように明るく晶一がラーメンを奢ってやると言い出した。いいのか、昨日確かもう財布が軽いって言ってなかったか?
「ほんとっ?! わたし、特製チャーシュー大盛り、玉子付きね〜」
「そのちっちゃい身体のどこにそれだけ入るんだあっ」
はしゃぐ藤枝と、なんとなく後悔したような表情の晶一を見ながら、オレは味噌ラーメン食べたいななんて考えていた。オレと碧の分は奢らせると可哀想だし、自分で出すか。
 最期にもう一度姿見のほうを振り返って、オレたちは被服室を後にした。
 また……会おうな、妖精さん。

 その日の夜。
 風呂上がりに洗面台の前で、髪をバスタオルでごしごしやってると、「おにーちゃん、お風呂あいた?」と楓がやってきた。ごめんなー、今呼びに行こうと思ってたんだよ。
頭からタオルをとってふりかえると、楓が目をまんまるくしてこっちを見ている。ど、どーかしたか? オレ、パジャマ着てるよなっ。
「おにーちゃん、それ……どうしたの?」
へ? どうしたのって、何が?
「おでこだよ〜。青くなってるよ? ぶつけたの?」
楓が手をのばしてきたので、少しかがんでやる。小さな手が長めの前髪を払って額に触れると、わずかに痛みが走った。
「痛い?」
心配そうに聞いてくるので、ゆっくり首を横に振る。これぐらいなら明日には痛くなくなってるよ。けど、なんで額に青痣?
しばし今日あったことを考えて……思い出した。晶一と正面衝突したんだった。けど、晶一のほうは全然平気そうだったぞ? くそ、石頭め。
「冷やしたほうがいいのかなぁ……私、湿布とってくるねっ」
楓がパタパタと居間のほうに走っていく。湿布することもないと思うけど……まぁ、いいか。せっかくやってくれるって言ってるんだし。
 その後、救急箱とハサミを持ち出してきた楓を碧が見つけて、ふたりの妹達が湿布を切ってテープでとめて、かわるがわる心配してくれた。あー、オレって幸せかも……。
 自分の部屋でベットに入っても湿布の臭いが全然気にならないぐらい幸福感に包まれて、オレは眠りについたのだった。


  こんどこそホントにおしまい。