ひっつきたいような人なんていない、とこぼす霜月に、晶一がすっかりふくらんだ浮き輪を渡している。それを見て各務が手にしたビーチボールを差し出した。おいおい、連続で膨らませて大丈夫か? さっきまでつぶれてたクセに。
「まだ、等身大たれぱんだ君もあるよ」
「あっいいなあ、これクジで当てたんだ」
「お兄ちゃんが当てたのをもらったの」
どこか得意げな霜月と、羨ましがる晶一。
 ホント晶一ってパンダもの好きだよなぁ。この間見せてくれたPHSもストラップたれぱんだだったし。たれぱんだのトレーナーとか持ってるし。家に遊びに行った時には、ぬいぐるみも転がってた。お姉さんのらしかったけど。でも、浮き輪とビーチボールとたれ、3個膨らますのはいくらなんでも無謀だと思うな。
かしてみろ、と手をだしたら、頼む、とたれを渡された。よし、やるぞー。
 心の中では威勢よくやりはじめたけど、こ、これけっこう大きいよ霜月……。うー、疲れる。ちらっと隣を見ると、晶一のほうもだいぶ息があがってる。
大丈夫かなと思っていたら、晶一もこっちを見た。お互い、目を合わせたまましばし息を整える。それから晶一はまた必死にビーチボールを膨らませはじめた。おおっ、頑張ってるなっ。もしかして競争か? よしオレもやるぜッ!
「…とーや? 大変だったら、手伝うけど…」
心配そうに碧が聞いてくる。これぐらいまだまだだぜっ。と再開したのはいいけど、やっぱりたれぱんだはでかかった。うう。
オレ達が戦っている間に、ポンプはないのかと安藤が聞いて、ないと知ると借りてきてくれると言う。ありがとう安藤。でももうちょっとはやく言ってほしかった……。
 結局、安藤がポンプをどこからか借りてきてくれて、戦いは終わった。半分以上膨らませた後だったからあんまり大差はなかったような気もするけど。

 霜月が膨らませた浮き輪やらたれぱたんだやらを喜々として受けとると、安藤の話が再開された。
「あの岬の石碑なんだけど…。なんか、昔の亡霊を封じるものなんだって。昔、恋仲になってしまった領主の娘と漁師の男がいたんだけど…。そんな事を領主が許すはずもなく。男と女は引き裂かれた…さらに、男は領主の命で嵐の海に無理矢理出航させられて帰らぬ人となってしまった…」
うっ、やっぱり面白い話とちゃうやん〜。
「…そして、娘は、悲しみのあまり…亡くなったんだって…。で、若者は嵐を巻き起こす亡霊となってしまった…。若者の霊を慰める為に岬に石碑を、娘の霊を慰める為に神社を作ったんだって…」
「……シンプルな話なだけに信憑性があるな。下手に凝った作り話より、こういう話の方が真実というのは良くあるんだ」
各務が真剣な表情で言う。あうー、そういわれるとそういう気がしてきたっ。
「へっなんでえ。身分違いなんて馬鹿げてらあ。領主と漁師なんざちっこいゆの字一文字の違いじゃねえかっ」
さっきまで青い顔してたクセに……カラ元気か? でもその台詞で、泣きそうになっていた碧が少し笑った。ああ……それで、わざとふざけてみせたのかな。なんとなく、胸がもやもやする。
 そういえばこのふたり、その後特に進展もなく、相変わらずオレが間に入ったつきあいしかしてないみたいで……碧はともかく、晶一はどういうつもりなんだろう。けど確かめようにもどうやって聞いていいのかわかんないしなぁ……うーん。
「まあ、今日、聞けたのはこれくらいだからね。」
しばし真剣に悩んでいたら、安藤の話が終わっていた。
 ええと、結局娘が神社にいくと幽霊になって、男が海に行くと嵐になるんだっけ。でも嵐になっちゃったら泳げないよなー。
 オレやっぱり泳ぎたい、とか思ってたら碧に呼ばれた。ごめん、なんか呼んだ? と碧のほうを見ると、碧はうつむいて「ごめんなさい」と謝ってきた。え、オレ、なんかされたっけ? わかんないから謝らなくてもいいんだぞ。って、もしかして呼ばれる前に何か話かけてくれてたんだろうか。
「何か血が騒いできやがった…よしっ海行くぞ、海っ」
急に晶一が立ち上がって、ばっとシャツを脱ぎ捨てた。おいおい、ちょっと気がはやくないか? ってちょっとまて、ズボンに手をかけるなぁっ。
それを見て安藤が見事な平手を繰り出した。おおっ、どつき漫才っ。あいかわらずお見事っ。安藤のツッコミはいつ見てもホレボレするなぁ。
「下に海パンはいてるだろおがっ」
あ、ホントだ。準備いいなぁ。って、海パンもたれぱんだ模様? うわー。
けどせめて部屋で着替えような、晶一……。皆、ちょっと待っててくれよー。部屋に荷物置いてこないと。
 着替えて戻ってくると、もう玄関に皆揃っていた。のはいいんだけど、なんでまだ木刀持ってるんだ? 各務はドラムスティック持ってるし……。晶一はいつものことといえばいつものことなんだけど、各務もそういう人とは知らなかったよ。よっぽど大事なのかな?

 水着にパーカーをはおって、ビーチサンダルでさっき上がってきた坂道をぺたぺたと歩く。アスファルトが日差しで焼けていて、けっこう熱い。前を霜月と碧が何か楽しそうに話しながら歩いている。その後ろで各務が時々ツッコミを入れている。オレと晶一は一番後ろを黙ったまま並んで歩いていた。
 この坂を帰りにまた登るのはけっこうしんどいかもしれないけど、今度は荷物がないから平気かな? それにしてもふ〜けんのメンバー以外、誰も歩いてないなぁ。民家も近くにないみたいだし。山の中〜って感じ。こういうところが連続殺人の舞台になったり…って不吉なことを考えるのはやめよう、うん。
 結局海岸まで地元の人とはまったく出会わず、海岸沿いの道まで出た。砂浜には人影がなく、すっかり貸し切り状態。
「日焼け止めもサンオイルも持ってきてますから…必要なら言ってくださいね」
やっぱり気が効くな〜碧は。ビーチパラソルはないから、どっか木陰にタオルとか置いていこうかなー、とあたりをきょろきょろしていたら、横を歩いていた晶一が妙に真面目な声で話しかけてきた。
「何か、さ」
ん? オレ、あっちの松の木の下に行こうかなーと思ったけど、違う?
「あ〜ゆ〜話、聞いちまうとさ。遭わせてやりて〜とか、思っちまうんだよな。」
ああ、いきなりだったからわかんなかったけど、さっきの幽霊さんの話かー。それ考えてたからここに来るまでずっと黙ってたのか?
前を向いたまま歩いていく晶一の横顔を見る。こうやって真剣な顔してるとやっぱりカッコイイよな〜。学園一のイイ男、っていうのもオーバーな表現じゃない気がする。
「切なすぎるもんな。死んでからも引き裂かれてるなんて。」
そうだよな。幽霊さんにもいろいろ理由はあるんだろうけど…一人は辛いよな……。
でもオレに何かできるかっていうと、そうじゃないんだよな〜、たいがい。街や学校で見かける幽霊さん達も、気にはなるけど何もしてないし。…やっぱちょっと怖いし。
「…変かな。こう言う考え方って。」
こっちに向きなおった晶一に、そんなことないと首を横に振ると、いつもの笑顔になった。…やっぱり、こーゆー顔のがいいよな。オレもここでにこっと爽やかに笑い返せたらいいのになぁ……。

 そんな話をしつつ、木陰を求めて海岸沿いを行くと、あの石碑の横を通りかかった。碧が近づいて、彫ってある文章を見ている。霜月もとことことその横に寄って行った。足元に気をつけろよー。
「読めるの?」
「ゆーちゃん、これ、さっきの話の石碑なの。…瀬をはやみ…岩にせかるるたきがわの…われてもすえにあわんとぞおもふ。」
おおっ、よくこんな曲がりくねった字読めるなぁ。オレはこの一番すみっこに書いてある『月』ってのしか読めなかったよ…。
「あれ。百人一首じゃん、これ。」
「ですね。崇徳院…でしたか」
霜月がどういう意味? と尋ねたのに碧が丁寧に解説している。ついでに酢得意ってなんだか教えて欲しい。…おすし作るのが上手い人だったんだろうか…。でもそれで月ってなんだろ。
「月? ……これを彫った者の名前か?」
各務が何か難しい顔をしている。そうか、名前かー。
「署名みたいなもんかもね。そういや、あの宿舎の表札も月下だ」
「そうだな。何か関連があるのかも知れない……」
「一度、とかれかけたけど、あの家の人が封じ直したってアン子のやつがいってたっけか。」
よく見ると、土台のコンクリがまだ綺麗だし、彫ってある字もあんまり汚れてないような気がする。お供えの花も新しいしってそれは関係ないか。
「それなら、もしかして封じ直した時のかもしれないのね」
「ほら、な」 そう言ってから、晶一は急に真っ青になってしまった。どうかした? 碧も心配そうにしてるよー。
「いやあ、何かこお昔話がいきなり生々しい身近なことに感じられて、ちょっと、な」
ついさっき、会わせてやりたいとか言ってたクセに、妙なところで反応するなぁ。ここには今は何もいそうにないから平気だよー、と背中を軽く叩いてやったら、さんきゅ、と小さく返事がかえってきた。それで何で今度は赤くなってるんだ? 青くなったり赤くなったり忙しいヤツだ。
「よし!」
うわっ急に大声出すなっ。びっくりしただろっ。ドキドキ。
「浜まで競争だぜっ」
「返り討ちで、連勝です」
そのまま霜月と並んで走って行ってしまった。あー、元気だなー。
「とーや、私達も行きましょう?」
碧がやっぱり走り去った二人のほうを見ながらそう言った。よーし、オレも泳ぐぞーっ。

 結局そのまま浜辺で夕方まで泳いだり日光浴したり棒倒ししたりビーチフラッグスやったり…色々やったな? とにかく遊びまくって、へとへとになって宿に戻ってきた。あー楽しかったっ♪
戻ってきて軽くシャワーをあびて浴衣に着替えたら、食事時間だった。ぱりっとした浴衣は気持ちがいいけど、焼きすぎたのか肩のあたりが布と擦れてヒリヒリする。これは皮剥けちゃうなぁ。
 食堂まで行ったら、もう皆揃っていて、それぞれ食べ始めていた。空いてる席を捜していたら奥のテーブルで碧が手を振ってくれた。席をとっといてくれたらしい。感謝〜。テーブルには、碧と霜月、各務と安藤がいて、オレと晶一も空いた席につく。
「ううむ、すっかり健康的になってしまった…」
確かに晶一は朝と比べてずいぶん小麦色になったような気がする。オレは赤くなるだけであんまり色かわらないから、ちょっと羨ましい。霜月は、痛い痛いと主張しまくっていて、隣で碧がちょっと困った顔で小瓶のローションを顔に塗ってあげていた。…なんか見てたらこっちも痛くなってきた。
「…痛く無いか、ひーちゃん」
そーなんだよー、ううっ、痛いよーっとコクコク肯く。
「そうか、やっぱ鍛え方が違うんだな…」
そりゃ晶一ほどは鍛えてないけどさ。皮膚はなかなか鍛えらんないと思うなぁ…。
「今、痛くなくても、後で痛くなるかもしれないから……これ、渡しておくね?」
と碧が透明な小瓶を渡してくれた。中身はローションらしい。ありがとーいもうとっ。後で部屋で塗ろう。