気をとりなおして、食事にとりかかる。やっぱり海の近くだし、お刺身は凄く美味しい〜♪
その横で、安藤がなんだか凄く期待に満ちた眼差しでこっちを見てると思ったら、話しかけてきた。
「そういや、昼間、岬の方、行ってたね、石碑見てきたの?」
「見たぞ」
「で、どうだった?」
「けっこう、新しかったな。和歌と、あと『月』って字が刻んであった。」
「和歌ねえ…、それに『月』かあ」
「瀬をはやみ いわにせかるる滝田川 われてもすえにあわんとぞおもう、だったかなあ」
ん、なにかちがうような……? と思ったら、やっぱり違ったらしい。碧がいつものように少し困った表情で訂正した。晶一は古典は苦手だとぼやきつつボケたおして、そこに霜月がツッコミを入れていた。いつもだと安藤の過激なツッコミが入るんだけど、さすがに食事中だからアクションはないのかな?
「あれ、神社にも対になった何ぞありそうだよな」
「どうせ今晩、神社の方は肝試しにいくんだし、丁度いいんじゃないの?」
「え…今晩って…」
「やっぱやるんすか、肝試し」
碧と晶一の顔色がかわる。……ふたりとも怖がりだしなぁ、ってオレも苦手なんだけどね。とほほ〜
「ちゃんと、旅行のしおりに書いてあるじゃないの」
安藤の指摘に、晶一が自分の旅行のしおりを開いた。……持ち歩いてたのか?
 横からしおりを覗くと、肝試しのところだけ、黒くマジックで塗つぶしてあった。なんでだろう?
 晶一が探してるようだったので、塗り潰されてる場所を指差すと、そのまま固まってしまった。………言わないほうがよかったのかなぁ……って言ってないだろ、とお約束なツッコミを心の中でかまして、と。ちらっと晶一の顔を見たら、案外平気そうな顔をしているのでちょっと安心して、またご飯の続きにとりかかることにした。
 まだ不安そうな碧の気をそらすように安藤が話題を切りかえる。 「そうそう、お供えの花だけど、毎年、くる女の人が置いているらしいよ。」
「へえ。毎年お参りしてる人がいるんだ。」
「地元の人間じゃなかったのか」
「ええ、毎年、必ず、来るんだって。」
女の人、というところに真っ先に反応するのはやっぱり晶一だ。
「…美人か?」
「…美人らしいわよ」
さっきまでとはうってかわって真剣な顔になってるし。ホントにおねーちゃんが好きだなー。ほら碧が心配そうなカオしてるだろー?
「名前は。」
「ええと…『神崎』さんって言ってたかな…。ええ、今日、帰ったって」
安藤と晶一は、それぞれの理由で残念がっている。碧が残念でしたね、となぐさめているけど……この場合、晶一はなぐさめなくてもいい気がするんだけど。碧は優しいなぁ。
 ……宿のおばさんはどこの人か知ってるんじゃないかな? でも教えてくれないかな。とそこまで考えて、別に聞く必要もないかと考え直す。それがわかっても、すぐに話が聞けるわけじゃないし、オレ達だってここには数日しかいないんだし。それに聞いてみても何がどうというわけじゃないんだよね……でも、何となく気になるのはどうしてなんだろう?

 考え込んでいたら、不意に目の前に箱が差し出された。
「さあ。肝試しのくじ引いてー」
あ、もうそんな時間? ふ〜けんのメンバーの一人…でも顔は知ってるけど名前知らないや。いつもは来ない人だな…が、笑って箱を示す。
まわりを見たら、皆それぞれ手に小さな紙を持っている。そっか、オレが最後なのね。でも残りものには福があるってゆーし、と箱に手を入れて残った紙を拾った。
「お、2だ」
「俺は……3か」
晶一が2で、各務が3…あ、やっぱりオレ1。
「その、肝試しのルールはどうなっているのかな」
「やっぱ同じ番号引いたヤツ同士が組むんじゃね〜の?」
 他のふ〜けんのメンバーも、それぞれペアになってるみたいだ。どうやら安藤は3だったらしい。ってことは各務とかー。霜月と碧はふたりで何か話している。全然知らない子が相手だったら困るなぁ…話もちゃんとできないし、余計怖がらせるだけだよなぁ。

 部長から、肝試しについての簡単な説明を聞いた後、出発することになった。なんでも碁石を神社の本殿に置いてくるだけらしい。といっても、途中で色々ありそう…きっと脅かす担当の人がいるに決まってるし〜。
「それで、誰から出発するの? 各務先輩?」
「そりゃ1引いたヤツからに決まってるぢゃんかよ」
う、それってオレ? って、もしかして最初に行かなきゃならないってこと!? ガーン。うう、福があるなんて嘘だったのかっ。
「じゃあ、碧たちからね」
霜月が碧をこちらに押しやった。あれ、碧が1だったのか…前言撤回、ちょっとラッキーだったかな? 知らない子じゃなくて良かったー。
 ちょっと(いや、だいぶ)安心したオレとは逆に、碧は涙目だ。元々色は白いけれど、蒼白になっている。晶一が、励ますようにオレと碧の肩を軽く叩いた。あ、そうか。ごめんなー、ホントは晶一と碧は一緒の組のほうがよかったよなー?
「がんばって、ふぁいとぉ」
霜月の声援に送られて、スタート地点へと向かった。

 宿から出てすぐのところにスタート地点がつくってあった。テント屋根がはってあって、長机が出してあるだけの簡単なものだけど。時々顔を見かけるふ〜けんメンバーのひとりが、碁石をひとつと懐中電灯を手渡してくれた。
「じゃあ、頑張って」
「はい…」
碧の返事が心なしか震えている。こ、こーゆー時には兄であるオレがしっかりしないとっっ。ホントは行きたくないけど、ビビってるわけにもいかないし、石をしっかり握りしめた。懐中電灯をつけてと……い、いくぞっ。
 道には街灯なんかもちろんない。宿の裏手のほうにまわって、林の中に入る。スタートで道は一本だって言われたから、迷うことはないだろうけど、けどやっぱり怖いぞ〜(涙)
碧が視界から消えてしまったので心細くなってふりかえると、少し後ろをかなり緊張した表情で歩いている。いかんいかん、オレより碧のほうがもっと怖がりだった。
手をさしだすと「ありがとう」と小さく呟いてしっかりと握りかえしてくる。よしよし、にーちゃんがついてるから大丈夫だっ。
 碧の少し冷たくなっている手の柔らかさを感じつつしばらく歩くと、だんだん気分が楽になってきた。ナニも出ないみたいだし……神社まではそんなに遠くないらしいし。このまま何事もありませんよーに。
と思ったら、いきなり横からバサバサッと大きな音がした。
安心しかかってただけにかなりビビって、半分硬直したまま音のほうに灯りを向けると、一羽のフクロウが飛び立つところだった。あーびっくりしたぁぁっ、いきなり飛ぶなよフクロウさんッ。
 それでもその後はヘンな音もなく、脅かし要員のふ〜けんメンバーに出会うこともなく、単々とした道が続く。
……なんか、けっこう歩いたような気が……。思ったより神社って遠いのかな?
「……ね、ねぇ、とーや」
ずっと黙っていた碧が、不安そうな声を出した。 「あの木、さっきも無かったかしら…? 他の人達も見えないし……」
そんなこと言われると、そういう気がしちゃうじゃないかーっ。迷った…のかな? 途中曲がり角もなかったし、一本道で迷うとは……ふがいない兄ですまん、いもーと……。