〜六道学園夢想忌憚〜
別名 サーノさんへ これが薫夜です
『鏡』
六道学園は不思議なところだと思う。
入学する時には「家から一番近いから」という理由で選んだ学校だけど、妙に学園内の居心地がいいんだよな。
ただ時々学園内に「誰か」がいるのを感じる。それは決して悪い感じじゃなくて、凄く優しい印象なんだけど。いらないものがよく見えるオレの目をもってしても見えない、「誰か」。醍醐あたりが聞いたら青くなって泣くだろうなー、って醍醐ってダレやねんな。とお約束な心ツッコミをしつつ今日も登校するオレだった。
ゴールデンウィークが終ってしばらくたった頃。いつものようにふ〜けんの部室で昼メシにするために3−Cの教室を出た。あ、ふ〜けんってのは「ふしぎ研究同好会」って名前で、色々あって時々顔を出しているうちに部員みたいな扱いになっちゃったんだよなぁ。特にこれといった活動はしてないみたいなんだけど。放課後みんながここでたべってるのを聞いているのは、楽しかったし。今じゃ妹の碧もすっかり顔なじみさんだ。
ガラガラっと部室のドアを開けると、もう碧が先に来ていた。ちょうど机の上にお弁当を広げてお茶を入れているところだった。
「あ、とーや。今お茶が入るから、待っててね」
いつもありがとね、いもーと、という気持ちをこめてひとつ肯く。碧は「ひとつつくるのもふたつつくるのも同じだから」といってオレの分もお弁当も毎日つくってくれているんだ。椅子に座ったところで、購買に寄るからと先に教室を出た晶一がやって来た。
「よっ、相変わらず碧ちゃんの愛情弁当か?」
パンを手に山ほどかかえたまま、弁当箱をのぞきこむ。んなことやってると、おっことすぞ、パン。よく木刀と一緒にかかえてられるなぁ。
「少し多めに作ってきましたから、晶一先輩もどうぞ?」
「お、いいの?らっき〜。ではかわりにこのクリームぱんをあげよう」
「え…ありがとうございます」
碧が少し困ったような顔をしてクリームパンを受け取っている。多分、貰っても食べられないとか思ってるんだろうなぁ。家に持って帰って楓のおやつにでもするか。あ、楓ってのは下の妹でまだ小学生なんだ。って誰に説明してるねんオレ。妹って可愛いよな〜、こんなんオレだけかな? まぁ義理の妹なんだけどさ、ふたりとも。
とか考えてたらまたガラっと扉が開いた。
「おっなかがすいたっはっらぺこだっ♪ …こんちゃーすっ」
自分より大きく見えるようなカメラバックをかついで、自作なんだろうか、妙な歌を歌いつつ藤枝が入ってきた。いつも元気だなぁ。それに毎日中等部からこっちの高等部の校舎まで弁当食べに来てるんだから偉いよな。
藤枝は入ってきたとたんに弁当箱に目がいったらしく、「あ、碧先輩のおべんと今日もおいしそー」などと碧の横にすばやく移動した。碧が「良かったら少し摘まんで?」なんてすすめている。
「ありがとーっ。わたしのたまごやきも先輩食べていいですよっ」
言いながら、カメラバックから小さな弁当箱を出した。それで碧にやったら、なくなっちゃわないか? 交換するならいいのか。碧も嬉しそうに笑ってる。
けどそろそろ食べようよー。オレ腹減ってるんだよー。あ、でもいつものメンツにあとひとり足りないな。
「失礼する。ふ〜研の諸君、視察に来たぞ」
おっ考えてるそばから来たよ。これで食べられるぞっ。
「あ、景雪先輩っ こんちゃーす」
「毎日毎日よく来るよな…」
風間は一年で生徒会の会計なんだが、本人いわく「なんの実績もない部に予算は出せない」とかで、本当にちゃんと活動しているのかどうか視察に来ているらしい。
けど、いつも視察って言いつつ、遊びにきてるだけに見えるんだけどなぁ。そんなにここが好きなのかなぁって考えちゃうよな。ふ〜けんは特に活動を強制されるわけでもないし、上下関係は希薄だし、居心地いいのはわかるけどね。オレみたいに無口不愛想なのも歓迎してくれるし。
「何のかんのといいつつお前、ほんとは好きなんじゃないのか?」と晶一がつっこむと、風間は風間で、いつものように「君達のような違法な集まりは、常に監視しておく必要があるのだ…」なんて受け流してる。けどどこが違法なんだろ。今度聞いてみよう。……聞けるかなぁ。
風間がいつものでっかい重箱な弁当を広げたところで、それぞれ食べにかかる。
晶一が割ばしを口にくわえて割ってる。…用意のいいヤツだ。パン買ってきたくせになんで割り箸持ってるんだ、お前。神妙な顔でいただきます、なんて言ってるのでオレも遅れをとらないように箸を持った。さっき碧が晶一に食べてもいいって言ってたから、ほっとくと全部食べられかねない気がする。
「……いただきます。」
手をあわせていると、晶一は横で猛スピードでパンをかじっていた。うーん、素早い。
ごはんは88回噛むんだぞー、とか思いつつピーマンの肉詰めをほおばっていたら、横でお弁当のおかずの奪いあいが始まっていた。風間の弁当っていつも量もあるけどうまそうだもんな。風間の家は老舗旅館なんで、そこの板前さんがつくってくれるらしい。晶一も藤枝もうまそうに貰って食べてる。いーなー、みんなお弁当交換なんてホホエマシイなぁ。オレもちょっとやってみたいよ。でも無理かなー。
「ほれ、ひーちゃんもくえ」
オレの考えを察したのか、いきなり、晶一が目の前に伊達巻を箸でつまんでさしだした。けどそれって風間のじゃあ……それにここであ〜んして食べるのはビジュアル的にちょっとなんじゃないのか?
ちょっと困って晶一を見ると、なんでか知らないけど箸を持ったまま赤面していた。う、もしかして素早く食べなかったからちょっと怒らせちゃったかな。せっかくオレにもくれようとしたのに。えーい、いいや、食べちゃえ。
一口で食べるにはサイズが大きかったけど、まだ差し出されたままだった晶一の箸から伊達巻をぱくっと食べて、もごもごと飲み込む。うん、確かにうまい。風間のとこの板前さんって腕いいんだな。それに弁当交換もできたし…ってオレの分渡してないから交換とちゃうやん! くっ、野望の達成は遠いぜ。
それでももったいないから伊達巻を味わっていると、碧がオレの頬に何か張りつけた。なんだろ、指で触ってみるとすべすべしてる。シールかな?
「…わっっびっくりしたっ」
晶一の驚いた声がしたので、ふりかえると、藤堂さんがいた。藤堂さんは美術部の部長で、やっぱりふ〜けんのメンバーだ。
「さっきからずっと先輩の傍に…」
「気がつかなかったぜ…」
どうやら、オレと晶一が伊達巻に気をとられている間に入ってきたらしい。オレにも挨拶してくれたので、軽く頭をさげる。いい人だなぁ。
「気安い間柄なんですね、きっと」
碧がクスクス笑いながらそう言ったら、晶一が妙に焦ったように大声を出した。
「ば、ばかやろうっそ、そんなこといったら、わ、わるいじゃねえかよ」
「ば…ばかやろうって…そんな…」
「その…俺なんかと気安い間柄だとかいったらだな、あのその……いや、だから、その…すまん。俺が悪かった。」
俯いてしまった碧に晶一が慌てて謝っている。藤堂さんは、そんな事気にしなくていいのに、って晶一に言って、碧を心配してくれている。やっぱりいい人だなぁ。
「…晶一先輩…照れてる?」
藤枝が尋ねると、晶一は目線をそらして髪の毛をかきあげた。やっぱりそーなのか? いつもおねーちゃんおねーちゃんって言ってるクセにどうしてこんなとこで照れるんだ。
だいたい急に大声出すお前が悪いんだぞ、と晶一を少し睨んでやる。
「な、なんだよ、ひーちゃん…」
やっぱ親友でもオレに睨まれるとちょっとは怖いらしい。本気で睨んだらたいがいのヤツはビビるもんな。けどとりあえずすぐあやまったから許してやる。親友だしなっ。
今度碧を苛めたらただじゃおかないぞ、けど晶一は女の子には甘いからそんなことないよなー、と肩をぽんぽんっと叩くと、晶一がなんだかほっとした顔になった。
「あ、あのね、私がいけないの…だから…」
言いかけた碧の頭も、てのひらで軽くぽむぽむっと叩いてやる。お前は心配しなくてもいいんだよ。我ながら妹に甘いなぁオレ。
騒ぎがおさまったところで、藤堂さんが話をはじめた。そいや藤堂さん弁当持ってきてないもんな。話をするために来たんだろうな、悪いことしちゃったかな。
「そういえば、みんな、最近、噂になってる話聞いた?」
噂、という単語を聞いて、藤枝の目の色が変わった。晶一が指摘すると、えへへ、なんて笑ってるけど、絶対態度変わったぞ、藤枝。
「ジャーナリストとしての本能というやつだね」
「と言うよりはエモノを狙うケダモノ…」
「ジャーナリストじゃないですよっ、本職はカメラマンですっ」
「おお、それは失敬」
ケダモノはちょっとひどいんじゃないかなぁ。けど藤枝って確かに三度のメシより事件が好きってカンジだよな。事件があったらあのでっかいカメラバックかかえてどこまででも行っちゃいそうだもんな。天職ってやつか。事件の為なら例え火の中水の中ジャングルの中洞窟の中。カメラマンは川口隊長より先に入らないといけないから大変なんだぞっ。がんばれ藤枝っ。
なんてことを考えてたら藤堂さんの話を半分聞きそびれた。鏡に何かうつるってところはかろうじて聞いたけど。晶一が青い顔をして冷や汗かいている。なんで? 碧も少し脅えたようにオレのほうに寄ってくる。そ、そんなに怖い噂だったのかっ? けど鏡にモノがうつるって普通だろ?
「あ、それはわたしも聞いたの。中等部でも評判になってるんだよ」
「便所の鏡に妙なもんがうつったりするってあれか。」
「そうそうっ」
トイレで妙なもの? 妙なものって例えばトイレの花子さんが鏡の中で授業受けてるとかかっ。そりゃー確かに怖いよ、ってそんなわけあるかい。
「とーや、どれか見たことある?」と碧が聞いてきたので、ちょっと考えてから、ぷるぷると首を横に振った。ごめん、どれかって言われても鏡のことしか聞いてなかった。碧はそれで不安そうな表情をしたけど、ここで「おおっ、それなら見た見たっ、いや〜ごっついで〜」なんてゆっても余計怖がられるだろうしなぁ。言えないけど。
バカなこと考えてる間に、晶一がその落とし物は鏡か、と尋ねている。他の噂って落とし物のことだったのか。やっと理解したぜ。でもやっぱりあんまり怖くないぞ?
藤枝が、落とし物はみんな音楽室の授業の後なんだと解説してくれる。うーん、それでもまだあんまり怖くない。けど音楽室と聞いて、晶一がまた青くなった。
「音楽室ってぇと夜中に歌うピアノとか、にらむベートーベンの肖像画とかっっ」
よっぽど苦手なんだなぁ、晶一。醍醐がのりうつったみたいだ……おいこのネタ2度目やろオレ。
「でも、ハイドンの顔が一番怖いんですよ」
藤枝のほうは、口では怖いって言ってても顔はにこにこ笑ってる。オレはカラヤンのおじさんもちょっと怖いと思うなっ。
「……ありがちですね」
少しほっとしたような口調で碧がつぶやいた。甘いな、妹よ。ありがちっていうのはつまり起こりやすいってことなんだぞ。それにしても音楽室と被服室とトイレ、だなんてずいぶんバラバラだよなぁ。一応おんなじ校舎中で上と下だけど。音楽室で無くなったものがトイレ通って被服室に行ってたらちょっとイヤだよな。
「…とーや? 何か思い付いたの?」
碧を見たまま考えていたら、尋ねられてしまった。何でもない、と首を横に振る。
「ありがちだから、一番本当にありそうですよね」
さすが藤枝。でもにこにこしたまま言うのはやめてくれ、ほら碧と晶一が脅えてる。横で風間が学園の治安がどうこう、と言っているが誰も聞いていない。碧が何を思ったのか、藤枝にまだ残っていたピーマンの肉詰めを差し出した。もちろん藤枝は嬉しそうにそれを食べる。もしかして、話題をそらしたかったんだろうか。
けどもう一人のほうはごまかされなかったらしい。救い求めるような目で見られてしまった。
う……困った。
「……音楽室は……」無理矢理言葉をひねりだす。「…………なにも、いない、はずだ」
少なくともオレがいた時にはね、と心の中で付け足す。
「そ、そうか…よかったぁ…」
晶一があからさまにほっとした顔になる。いや保証はできないけど。
「とーやが居ない間に棲み付いたのかしら…」
そう言われても、音楽室にしょっちゅういるわけじゃないからなぁ。週に一度の授業の時しか入らないし。
「…これは…ふ〜けんとしては調べずにはいられないのではないのでしょうかっ。ほら、学園の治安維持のためにもっ」
藤枝がぐぐっと拳を握って力強く言った。治安はついでか? それにつられて風間もくぐっと拳を握って「学園の治安は大事だ」なんて言ってる。ノリが良くていいなぁ。オレも一緒にやりたい。ほらぐぐっと。
「…悪ぃ、俺ちょっと用事思い出したから」
晶一がいつのまにか愛用の木刀が入った袋ををかついで、ドアに向かっている。あれ、行っちゃうの?
今にもダッシュで逃げそうな晶一を見ていたら、風間がすっとオレの手をとった。
「薫夜先輩、あんな奴は放っといていいですから…」
いやそーいわれても、オレひとりだと困っちゃうし。ってひとりじゃないか。それに一応先輩に向かってあんな奴、っていうのもちょっと酷いんじゃないか?
向こうでは藤枝がおんぶお化けになって晶一を引きとめている。それでもそのまま出ていくかと思ったら、ふと晶一が振り返った。目が合ったとたんに引き返してくる。どーした、気がかわったのか? ……オレはそのほうが嬉しいけど。
「ええい、こうなったら矢でも鉄砲でも持ってきやがれってんだっ」
なんだかやけくそっぽく聞こえる台詞を吐いて、オレと風間の間に無理矢理入ってきて座った。まだオレの手を風間が持ったままだったからちょっと痛かったぞ。
でもやっぱり晶一がいないとな。うんうん、やっぱり親友だなっと心の中でちょっとだけ幸せに浸っていたら、風間に呼ばれた。……はい、今なんて言いました? 聞いてなかったからもっかい言ってくれる?
晶一ごしに風間を見ると、もの凄く真剣な顔でこっちを見ていた。「なんだか照れますね」と呟いている。すまん、なんのことだかさっぱりだ。それでも風間がまっすぐこっちを真面目な表情で見ているので、な、なんかこっちも照れてきたぞ。でもここで茶化したらダメなよーな気がする。ので、頷いてみた。で、なんの話だったんでしょう、ドキドキ。
風間の次の言葉を待っていたら、その間にみんな噂を調べに行くことに決めたらしい。晶一なんか今すぐ行こうって言ってるけど、お前「学園の平和」なんて言うタイプじゃないだろ。そーゆーのはコスモレンジャーにでも任せておけよ。だからいないって。
風間が「とりあえず、一緒に音楽室に行ってみませんか?」なんて言ってくる。あ、さっきはその話だった? けど今からだと授業が……あ、晶一はサボるとかゆってる。でも授業で音楽室使ってたら調査はできないんじゃないのかなぁ。碧もオレの考えに気づいたのか同意してくれた。ありがとー妹。
結局、藤堂さんの「授業はちゃんと出ないとね」という言葉にみんな頷いて、噂の調査は放課後になった。碧と風間の容赦ないツッコミにあった晶一は撃沈中だ。あーオレも混ざりたかったなぁ。
そこで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。後は放課後だぜ!