教室に戻ったら、クラスのみんながなんだかやたらとこっちを見るので、目を合わせないようにするのが大変だった。晶一もニヤニヤしてるし……それはいつものことか? いやでも、オレ、なんかしました?
 もしかして昨日の夜晶一にゲーセンにひっぱっていかれて、ちょっと頭の悪そうな人とぶつかって喧嘩しちゃったのがバレたんだろうか。でもほとんど晶一が嬉しそうに叩きのめしたんだけど。それとも一昨日いつものラーメン屋でコショウの蓋が取れちゃって、泣きながらコショウまみれのラーメン食ったこととか。泣いたのは心の中でだけど。いやいやそれとも先一昨日に花瓶の花がくったりしてたから、水をいれかえてやろうと思って水道まで持っていったら一本花を落っことして、そしたら横にいた晶一がめいっぱい踏んじゃったからそれだけこっそり捨てたこととかっ。ちゃんと花と、誰だか知らないけど花を持ってきた人には謝ったんだけどな、もちろん心の中で。
みんなきっと優しいから直接言ってこないんだ。……それともまだやっぱり怖がられてるんだろーか。最近はだいぶ改善されたはずだったのに〜。
 嘆いていたら、犬上先生に当てられてしまった。慌てて立ち上がってページを確認して…すいませんわかりません(泣)
 しょうがない奴だな、と犬上先生が机の横まで歩いてきて、不意にオレの顔に手をのばして頬に触れて…一瞬だったけどつままれた。ちょっとひりひりする。
 驚いて犬上先生の顔を見ると、苦笑まじりに座れと言われて、訳がわからないまま椅子に座りなおした。い、今のはもしかして体罰ってやつですかっ? うわ、はじめてだこんなの。ちょっと感激……じゃねぇだろ。
 ううっ、オレってダメだな。こうなったら、放課後にみんなと例の噂の元を解決して、少しでも役に立とう! うん、それがいいよな。みんな、それで許してくれっ。

 放課後、決意も新たに晶一とふ〜けんの部室に行くと、もう全員揃っていた。碧は家に遅くなると電話しておいてくれたらしい。オレはともかくお前が遅くなると母さんが心配するもんな。
 相談の結果、まず2階のトイレから行くことになった。妙なモノが見えるのは夕方だかららしい。
「じゃあ、藤枝と碧は2Fの女子用。俺と若旦那とひーちゃんは男子用だ。」
晶一の言葉に頷く。藤枝が「男子トイレで起きたら不公平ですよ〜」なんて言ってるが、そーゆーもんか?
「何かあったら、お互いを呼べばい〜ぢゃんかよ。な。すぐ隣にいるんだ」
そうだよな、どうせトイレは隣同士なんだし。碧が不安そうにしているので、がんばれよっと肩を軽く叩いてみた。なんかあったらすぐ呼べよ。それに何かあったら藤枝がいるから、お前が呼ぶよりも先に騒ぎになる気がするよな、絶対。
碧は「うん…あさひちゃんを、私が護らなくちゃね」と決心を固めたらしい。そんなに大袈裟なことにはならないと思うけど…でもちょっと心配になって、藤枝に妹をよろしくなっと言うつもりで視線を投げてみたら、にっこり笑顔で頷いてくれた。……通じたんだろうか?

 2階トイレの前で、男女に別れる。
「何かあったら、すぐに僕を呼んでくれたまえ」
「マッハ1で飛んでくからなっ」
「お願いします」
「は〜い、そっちもなにかあったら、けちけちせずに教えて下さいねっ」
なんて会話を交わして、いやオレは交わしてないが。それはともかくトイレに入った。今日は天気が良かったから窓から夕日が入ってきていて、眩しいぐらいだ。
問題になっているらしい洗面台の鏡をまじまじっと見つめる。よくある長方形の鏡だ。枠がきちんとついたりしてるけど、それも別に珍しいものじゃない。特に変わったところはないみたいだけどなぁ。他のところにも何かが”いる”ような感じはしないし。
「これが反射して、妙な具合に見えてるだけなんじゃねえか? なあ」
「夕日が血の色に見えなくもないな、たしかに」
うん、オレもそう思うけど…でももうちょっと見てみようかな?
 鏡に触ってみようとした時に、それは起こった。
ごく普通にオレ達の姿を映していた鏡に……ゆっくりと赤い模様が浮いてきたのだ。
「う、うそだろ、こ、こんなっ」
晶一の上擦った声。
 ……血の色だ………確かに。だけど……何かヘンだ。
いつものオレだったら晶一と同じようにパニックになっていたかもしれない。けれどオレの中の何かが、それを押しとどめた。赤い模様に触れてみる。
「だあああ、触るんじゃねえ、ひーちゃんっ」
「きゃああああああああっ」
晶一の叫びとほぼ同時に、藤枝のものらしい悲鳴が聞こえた。やっぱり解りやすいな、藤枝。
「……晶一、碧と藤枝を」
「あ、ああっ」
声をかけると、晶一が鉄砲玉のように飛び出して行った。風間にも向こうに行ってもらう。
 ふたりを送り出した後、オレは改めて鏡が光を反射してる場所を見てみた。壁に大きく円の中に星形の線が引かれている模様が映っている。鏡の模様とおんなじだ。なんで星形かなー。これって鏡の中に模様があるってことかな?
えーとなんていったかな、前に歴史で習ったような。魔界じゃなくて、真神じゃなくて、そうそう、魔球! ってちゃうやろオレ! 魔鏡だっちゅーねん!
 しかしなんでこんな鏡わざわざつくったんだろう? こんな模様が出るなんてちょっと悪趣味だと思うけどなぁ。
 とにかくみんなにも見せないと、と思って鏡を外してみると、裏には《II》と彫られていた。なんだろ、これ。他にもあるのかと思って全部の鏡を調べてみたけど、彫ってあるのは1枚だけだった。比べてみると、これだけ他のものと材質が違うような気がする。
 とりあえずそれを持って隣に行こうとして、はたと気づいた。じょ、女子トイレに入っていいんだろーかっ。多分、晶一と風間は入ってるだろうけどっ。でももう悲鳴聞こえないし、大騒ぎにもなってないみたいだし。
 どうしたものか迷って入口でうろうろしていたら、中から晶一の声がした。
「おーいひーちゃん、見てみろよ、面白いものが見つかったぜ!」
や、やっぱり非常事態だからいいよね? なんか恥ずかしいなぁ。
もちろん顔には出てないが照れながら女子トイレの中を覗いてみた。は、こんなとこ通りすがりの人に見られたら変態扱いされそうだ。やっぱりさっさと入ろう、うん。
 入ってみると、晶一と碧が外された鏡を前に何か話していた。やっぱりこっちでもあの模様が出たんだろうか?
晶一が、鏡の裏の《III》という文字を見せてくれた。あ、やっぱりおんなじだ。こちらも《II》を見せる。模様のこと説明しないと。えっとこれは魔鏡っていって……
「魔鏡…ってそういえばそんなのがあったですね。隠れキリシタンとか」
声に出そうと準備していたら、覗きこんでいた藤枝が代弁してくれた。
「2階と4階とでこの噂があるんですよね。女子トイレに《III》があって…とゆーことは、4階のトイレには《I》と《IV》があるのかな?」
そういや4階って話もあるんだったな。忘れてたよ。

 外した鏡を持って、4階トイレに向かう。調べると、やっぱり《IV》と彫られた鏡があった。少し角度のかわった日差しに当ててみると、今度はさっきと少し違う模様が浮かび上がる。晶一と風間をつついて、壁に映った模様を指さしてやる。
「……模様が、違う」
よし言えた。えらいぞオレっ。
晶一が「2Fのはどんな模様だった? ほれ、書いてみぃ」と生徒手帳とシャーペンを渡してくれた。そこにさっきの星模様を書く。
「これは…五芒星ですね…」
ゴボウ製? コボウでこんなんつくって食べるのか? 老舗旅館って謎だな。
「5の鏡を見つけました。今度は五芒星じゃなくて六芒星の絵の」
外から碧の声がした。女子トイレにもあったらしい。けどロクボウってなんだ。それもゴボウの親戚か? オカルトシンボルって、野菜でこーゆーのつくって飾るんだろうか。オカルトも大変なんだなー。でもちっとも怖くないような気がするんだけど。

 結局2階にあったのが《II》と《III》で、4階にあったのは《IV》と《V》だった。あとは《I》がないのか。えっと、他に噂があるのは、被服室と音楽室だったっけ。
「じゃ、1はきっと被服室だ。あそこの異変も、確か鏡だったろ?」
うんうんオレもそう思う、と頷いたら「やっぱりそう思うか、ひーちゃんっ」と抱きつかれてしまった。だからいきなり抱きつかれるとびっくりするだろーっ。
 片手で持っていた鏡を落としそうになって、持ちなおそうとしたら、よけい晶一とくっつくことになってしまった。…手を離すと今度こそ本当に鏡が落ちそうだ。どうしたらいいかわからなかったのでおとなしくしていたら、晶一が「…お前、けっこ胸板厚いのね」なんて言ってきた。
そ、そーかな? オレあんま筋肉ないんだけど。成滝さんのところにいた時にも、オレひとりだけいわゆる格闘家体形じゃなかったし、腕相撲弱いし。そのかわり足技では誰にも負けなかったけど。
そこで鏡が落ちそうなのに気づいた晶一が「悪りィ」と呟いて、鏡を救ってくれた。あー割らなくて良かった。
「しかし、六芒星ならもう1枚《VI》の鏡があってもいいんじゃ…」
《I》が被服室だとすると、《VI》は音楽室かなと思ってそう言ってみた。
「でも、音楽室は落とし物ですよ? 鏡は出てこないです?」
ふ、トイレの外からいいツッコミだぜ、藤枝。
「でも、きっと音楽室に何か手がかりがあるんじゃないかな」
何か関係はあるような気がするんだけどな〜。
「あの……とりあえず、男子トイレから出てきていただけますか?」
「む、これは失敬」
確かにトイレの中と外で話してても意味ないな。また鏡を持って廊下に出ると、碧が少し赤くなって待っていた。ごめん、恥ずかしかったか? 藤枝のほうは、男子トイレを覗きこむようなカッコだったけど。
「そういえば、今まで見てきた所って、音楽室を支えた三角形になりますね……逆さですけど」
おおっ、いいところに気がついたねっ。でもそれだけじゃまだ意味不明かー。碧の指摘に、学校の見取り図で確かめてみることになった。正面玄関に案内があるんだよな、確か。
「しかし…誰があんなものを鏡にしたんだろうな…」
廊下を歩きながらみんなで相談。それオレもとってもギモンなんだー。
「魔鏡は他のと違ってましたから、後ですり替えた物ですよね……本当に誰が…」
「しかも、なぜこの学校なのか…」
「ソロモン王は、異界から呼び出した悪魔をこの紋章で従えたっつ〜話もあるけどな。ま〜伝説よ、伝説」
碧と風間が深刻そうなのに、晶一がイヤな笑い方をする。悪魔ってゴボウが好きだったのか。知らなかったぜ。もしヘンなのが出てきたら、キンピラゴボウとかで退治してくれよ風間。さっきのお弁当すっごく美味かったから、悪魔でもイチコロさっ。