正面玄関につくと、藤枝が案内図をポラロイドカメラで取って、できた写真にマジックで線を書きこんだ。
1階が被服室、2階がトイレ、4階もトイレ、5階は音楽室。うーんこのままだと3階にもなんかありそうだけど、ウワサはなかったよなー。あっても知らないか。だいたいオレが知ってるウワサ話なんて晶一と碧から聞いたヤツだけだし。とほほ。
 あ、でもこの3階の教室って、化学室だよな。犬上先生は職員室じゃなくてよくこっちの準備室にいるんだっけ。まだ学校にいるだろうし、行くと顔あわせそうだ。
「僕はこのあたりが怪しいと思うのだが…どこから行ってみるかね?」
風間が2階と4階のトイレの反対側の教室と、化学室を指さしている。でも化学室は晶一がいきたがらないかもしれないなぁ。嫌ってるもんな〜。
はっ、そいやさっきオレも授業で犬上先生に嫌われたんだった。くぅ。
 晶一はやっぱり犬上先生とは顔をあわせたくないらしい。オレも今はちょっと……。ここから一番近い被服室から回ってみないか? と提案したらみんな頷いてくれた。へへ。
 早速行こうとしたら、藤枝が写真を見つつまだ悩んでいた。
「うーん…だれかがこんなふうに並んでたのを動かしたのかな? トイレに鏡2つあったし」
「元はもっと形が整っていたとか? だとしたら、外して動かして良かったのよ…ね」
「さぁ? もしかしたら動かしちゃいけなかったかも知れないし」
碧が心配そうにしているのに、にっこり答える藤枝。うーん、碧、負けてるぞっ。
 そんなに心配しなくてもだいじょーぶだいじょーぶ、という気持ちで碧の肩をぽんっと叩いてやる。ほら、いざって時にはみんなもいるしさ。

 「ひーちゃん…」
みんなが被服室のほうに歩きだしたからついて行こうとしたら呼び止められた。晶一をふりかえると、「さんきゅう、な」と呟いて、さっさと行ってしまった。
なんで礼を言われたかよくわからないけど、置いて行かれるのもイヤなのであわてて追いかけた。はっ、もしかして碧をはげましたからかっ。なんでそれで晶一が礼を言うんだっ、もしかして、その……
 前を歩いている晶一と碧を見る。も、もしかして将来晶一がオレのこと「おにーさん」とか呼ぶようになったら……いやそれもちょっといいかもしれない……じゃなくて!
 妹が結婚する時には、相手に「このオレを倒してからにしろ!」とか言うつもりだったのに、晶一もう十分強いからなぁ。今のところ直接やりあったことはないけど、負けそうな気がする。そもそも武器を持ってるほうが圧倒的に有利……いやそういう話でもなくてだな。
 うう、なんかすごく複雑な気分だ……

 被服室に入ると、問題の鏡はすぐに見つかった。姿見だから今までのとサイズは違うけれど、つくりはおんなじだ。
 これも何か模様が出るのかと思って夕日に当ててみたけれど、何も起きなかった。首をひねって、裏に数字は彫ってあるかどうか調べようと思ったら、晶一が突然大声をあげた。
「おおおおのおおおおっじょ、じょうだんはようせいっっっ」
「……晶一?」
碧が大声に驚いたのか、腕にしがみついてくる。
「ひーちゃんっ 見たっ見たかっ あれ、あれあれっっ」
晶一も鏡を指さしながら反対側から思いっきりしがみついてきた。う、ちょっと苦しいぞ、力緩めてくれっ。見たかって、何か出たのか? よし、風間、キンピラだっ。
「ん、わいが見えるんかい、兄ちゃん」
「のおおおっ しゃ、しゃべったああああっ」
 ……はっ。い、今のは。もしかしてっ。
 少し動きにくいけれど無理矢理首をひねって鏡を見ると、鏡の中に、背中に透き通った羽根の生えた小さな女の子が見えた。絵本なんかに出てくる妖精の絵にそっくりだ。あのっ、関西の方ですかっ?
「鏡の妖精さん…でしょうか? こんにちは?」
「いかにも、そうやけど…ああ、あんさんたち、その鏡はっ」
碧が話しかけると妖精さんはやっぱり関西弁で答えた。じーん………思わずまじまじ見てしまった。でも怖がっている様子はない。
「そうかあ〜、やっと、気付いてくれはった人がおったかあ」
嬉しそうに鏡の中からこっちを見ている。きっと妖精だから怖くないんだな、と思うことにした。

 妖精さんの話によると、彼女(?)はイギリス生まれで、関西育ちらしい。帰国子女ってヤツ? それは違う。逆か。この鏡で幽霊を退治してたりしたらしい。
いいな、オレなんか見えるだけ見えてもそれ以外なんにもできない。話ができるわけでもない。幽霊なんかより人間のほうが恐い、と思うことはたびたびあるが。
 だいたいよけいなものがいつも見えるせいで、まわりから苛められたり怖がられたりしてきたんだよなぁ……。それでだんだん喋ることが怖くなって、なるべく喋らないでいたら、いつのまにかまともに会話もできなくなって。オレのせいで碧にもとぱっちりがいったことがあったし。それで妹達はやっぱりオレが守ってやらなきゃ、って成滝さんのところに通ったんだ。……ちょっと説明的回想だったか? いや誰に説明してるワケでもないんだが。
 回想に浸ってるうちに説明が流れてしまった。えーっと、やっぱり鏡は6枚あってあとひとつは音楽室……その鏡5枚で星型をつくるらしい。ゴボウじゃなくてもいいんだな。ゴメンちょっとしつこかったか?
 音楽室と聞いて、お約束のように晶一が青くなった。その横で碧が「音楽室に鏡ってありましたか?」と聞いている。
「あるだろ。歌の練習のとき、口の開け方確認するためのやつ」
「そうでし…たか? 何回か音楽の先生には呼ばれているんですけど、気がつきませんでした…」
オレだってさっぱり気づいてなかったよ、音楽の時間ってヒマなんだよな。歌は一応努力すればなんとか歌えるからいいんだけど。それでもカラオケだけはダメだ(涙)
「何てったってひーちゃんの妹だもんな」
ぽん、と肩を叩かれた。ん、それは聞いてなかったからどーゆーつながりかわかんなかったけど、褒めてるんだな? ひとつ頷いてから碧を見ると、嬉しいような困ったような顔をしていた。照れ屋さんだなっ。

 その間にも妖精さんの話は続く。
「で、ご主人死んだ後も、何人か人の手を渡ってだけどな…。わいは、鏡の妖精や、つまり人の姿を写してナンボのもんや…。そう思ったら、しばらく、力使えんようになってな…流れ流れて、神戸の方で眠っておったんや」
「…で、とある人に出会ってな、この学校に世話になることになったんや」
「では、あの五芒星をトイレに配置したのは誰なのかね?」
「この学校の基礎を作った、術者の人や」
あれ、そーすると、あの鏡は学校ができた時からあったってことだよな。ウワサになったのは最近だろ?
「…でも、なんでそんな大事な鏡をトイレなんかに置いてたの?」
「トイレ、厠っちゅうもんは、昔から色々な気が集まるからや」
うん、それは確かに。色々、通りすがりのモノがいるもんな、よく。すかさず藤枝と晶一がトイレについての怪談で盛り上がる。そういう話はやめようよ〜。
 「まあ、これをみてーな」
そう言ったとたん、空中に校舎の見取り図が浮きでてきた。うわー、これ便利でいいなぁ。よく見ると、さっきまであった場所と、元々の鏡があった場所が違うらしい。
「でや、本来、わいの鏡は気を数字の順に伝導させる事ができる。それを使って、お天と様の《気》を地に通そうとしてるんや」
妖精さんによると、ゴールデンウィーク中に校内の大掃除で業者が入り、その時に戻す場所を間違えたのだそうだ。
「掃除って鏡を外したりなんてするんですか…」
「ああ、そん時は外してたなあ…」
「……何か、へん…」
まだ何か気になるらしく、碧が小な声で呟く。鏡外すのってそんなに変かな。オレなんかさっき速攻で外したんだけど。
「ほらほら、また必要以上に気をもむっ」
「え、そ、そんなこと…」
晶一が、明るく声をかける。うんうん、心配しすぎるのはよくないぜっ。胃が悪くなっちゃうぞ。
「……うん、ごめんね、とーや」
碧の背中を軽く叩いてやると、微笑んだ。でも、謝るようなことじゃないだろ?

 結局、鏡は単純に場所を間違われただけなので、もう一度正しく《気》が流れるように並べてやればいいらしい。それなら簡単だからすぐに終わりそうだ。
「行くぜ! ひーちゃん!」
「……ああ。」
「薫夜先輩も気合い満々ですねっ」
いや気合がはいってるのとは違うんだけどねー。直さないと、また怖がる人がいっぱい出るでしょ? うちの妹とか。
心の中で語っていると、藤枝がこっちをじっと見て、頷いた。
「…なるほど」
なるほどって、ほんとにわかってるのかっ!? すげーぜ藤枝っ。実はテレパシーでも使えるのかっ?