まず、2階の空き部屋に鏡を置きに行くことになった。
風間がドアをなにげなく開こうとして、動きを止めた。すぐ後ろにいた藤枝が、他のことに気をとられていたのかそのまま入ろうとして、盛大にドアにぶつかった。うわ、痛そう。凄い良い音したぞ?
 風間が鍵がかかってるって言うから、オレもちょっとドアを開けようとしてみたけど、全然動かない。けど、なんか鍵とは違う感じがするんだけど。
「使ってない教室だから先生が鍵かけてるのかな?」
「いや…どちらかというと、何かで接着されているような感じだな。」
うんうん、そんな感じかなぁ。
 どうしたものかと思っていたら、横で晶一がすっと袋から木刀を取り出した。おいおい、さすがに扉ぶちやぶったらまずいだろ〜。慌てて止めると、何か残念そうに木刀をしまう。
碧が扉を少し見て「鍵なんてありませんね」と呟いた。少し血の気がひいている。
「お札とかさ、封印とかさ、妖しいオーラとかさ♪」
藤枝、また妙な歌を………
 ためしに、教室の廊下の窓から中を覗いて見た。
……なんだか、中の空気がおかしい。ものすごくねっとりしている……ような気がする。晶一が《気》の流れが溜まっているんだろうと言っているけど、確かにそんな感じだ。重そう。
これはやっぱり力技で開けるしかないかも……と思ったら、また晶一が木刀を構えた。いつの間に出したんだ? でもやっぱり以心伝心かなっ。
「……やるか。」
「そうこなくっちゃ。」
ふたりで構えたところに、風間がおもむろに算盤を取り出して「一般教室の扉は、大体50,129円ほどだと思ったが」などと言ってくれる。そーゆー細かいつっこみは却下だ! それにその端数は一体……消費税?

「そうや、その兄ちゃんの言うとおりや」
「うぉっとお、いきなり話しかけるなあっ」
晶一が廊下のわきに置いた鏡から、突然声がした。びっくりしたなぁ、もう。喋るなら喋ると言ってほしい。
「すまん、すまん。その兄ちゃんの言うとおり、この部屋の中の《気》は乱れとる。で、部屋の中の《気》が扉をおさえとるんや…」
じゃあやっぱり覗いた時に”見えた”のは間違いじゃなかったんだな。
「そしたらどうやってあけるの?」
「…聞きたいか…」
おお、妖精さんがマジだ。そ、そんなに難しいことなんだろうか?
「…それはな…」
「うんうんっ」
「…気合やっ

大丈夫かな、藤枝がずっこけてる。さっきドアでぶったところまたやったんじゃあ……
「とゆーわけで気合ですっ」
おお、5秒で立ち直った。心配することなかったかな?
 妖精さんによると、ドアに手をあてて、『開け』って念じるだけでいいらしい。なんだそんなのでいいのか。でもひとりふたりじゃ辛そうかもなぁ。
 藤枝が「やってみまーす」とドアに手をついた。オレもその横に手を置く。みんなでやればOKだろ、多分。
 全員がドアに手をついて、気合いを込める。それだけで、あれだけ重かったドアが開いた。案外簡単なんだなー。
鏡を持って、部屋に入る。えっと、何番だっけか。確か《IV》の鏡を置くんだよな。……部屋の真ん中でいいか。
 鏡を教室の床に置いたとたん、ぼうっと淡く光がともった。ううっ、いきなり光るからびっくりしたよー。藤枝はすかさず光ってる鏡をカメラで撮っている。
「びっくりした……とーやは平気なのね」
碧が感心したように言う。いやあんまり平気じゃないんだけど、顔にでないしさー。とほほ。
「よし、これでひとつめは完了だな」

 妖精さんの指示で、2階の男子トイレに入って《V》の鏡を置く。ここでも同じように鏡は淡い光を放った。また何か妙なことがあるかと思ったけど、何もなかった。ふう。
 トイレから出ると、碧が心配そうに待っていた。
「大丈夫でした?」
うん、ぜんぜん平気。今更だが普通この「全然」の後には否定系がつくべきで、日本語って破壊されてるなー。いや余計なことだったな。
「へへへっ…心配してくれたのか?」
晶一がいつものように少しふざけたような口調で言う。それに碧が真剣な表情で頷いて……
「お、おうよ…ありがとな」
晶一も赤くなってるし。あの、それはもしかして相思相愛ってヤツ? らぶらぶ? うううっ、にーちゃんは悲しい。……じゃなくて祝福してやるべきなんだろうか。でもなんかちょっと……すまん、心の狭い兄を許してくれっ。
「晶一先輩、てれてるー」
「ば、ばか言ってんじゃねえよ」
藤枝にからかわれて、顔を背けてしまう。
 …晶一は口では軽い感じでおねーちゃん達のことを話すけど、たまにナンパにも引っ張って行かれるけど、女の子とたくさん付き合っているのかというとそうでもないらしい。そりゃ確かにオレなんかに比べたらものすごく女友達が多いけど、それ全部「お友達」ってところか。そもそも女の子と遊んでるより、オレと一緒にいるほうが断然多い。「不毛だ」とか言いながら。
 そういえば晶一と話すようになったのは、去年同じクラスになったからだよな、とか考えていたら、みんな4階に移動にかかっていた。
「次は…4階だなっ」
「きっと、また4階も気の流れが乱れているのだろうな」
「さっきはえれ〜重たかったからなあ…」
「でも、またみんなで押したら大丈夫ですよっ」
そんな会話を聞きながら、鏡をかかえてついていく。ふ〜けんに最初に引っ張って行かれたのも、いろんなものが”見える”って話を晶一にしたせいだったっけ。

 4階の教室も、普通教室だったけど今は使っていない場所だった。とりあえずさっきみたいになってないかどうか、ドアに手をかけて開けてみる。今度は軽く簡単に開いた。ちょっと意外〜。
「ここは大丈夫なんだ」
「…こんなにあっさりあくなんて…」
 確か次は《III》の鏡だったよなー。鏡を選んでいると、碧が中に入るように言ってきた。頷いて、晶一に続いて中に入ろうとして……直前で、人影に気づいて顔を上げたが、避けようがなくてまともににぶつかった。
咄嗟に鏡をかばったら、バランスがうまくとれなくなってしりもちをついてしまった。痛てて。
「ってぇなあ、何だってこんな…げっひーちゃんっ」
額を押さえながら見上げてみたら、ぶつかった相手は晶一だった。先に部屋に入ったはずなのに、なんですぐ出てくるんだよっ。
「だ、だいじょうぶ、とーや? 晶一先輩も…。どうしたんですか、急に戻っていらっしゃるなんて」
「な、な、なんでだっ 俺ぁ確かに中にっ どど、どうしてっ」
なんだかだいぶパニくってるなぁ。ちょっと落ち着けよ。すぐ後ろにいたはずの碧は大丈夫だったのかふりかえると、大丈夫という返事がかえってきた。よかった、ぶつかったような気がしたんだけど、たいしたことなかったんだな。
「すまねえっ」
晶一が真剣に申し訳なさそうな顔で手をさしのべてきたので、思わず笑ってしまった。むろん心の中で。その手をつかんで立ち上がる。ん、鏡も無事だな。
 「どしたんや、今度は〜?」
その鏡の中から妖精さんののんびりした声がする。
「入れねぇ」
「入れないって、なんの障害もないじゃないか」
「入ったつもりが、中で勝手にベクトル変えられて出てきちまうんだよっ」
そっか、それでぶつかったのか。よく見ると、なんとなく壁みたいなものがあるような気がする。2階の部屋とは空気が少し違うけど。
「わかったっ 結界ですね。中に入れないようにしてるんですよっ」
「たぶん、そうやろなあ」
その間に、碧がドアに向かって……止めようとしたら、あっさり入ってしまった。ちょっと感心したぞ。自分でも意外だったのか、ドアをふりかえって不思議そうな顔をしている。
 これなら中の碧に鏡を渡せば大丈夫かな?
鏡だけ部屋の中に入れてみようとする。げっ、手の感覚がっ。はやく鏡受けとってもらわないとヤバいぜっ。
内心青くなっていると、碧が不安そうな表情で腕をつかんできた。その部分だけ、少し感覚が戻ったような気がする……だけど手の先は感覚が無くなったままだ。
「よし、さっきの応用だ、こいっ藤枝っ風間っ」
「よかろう」
「はいっ」
ちょっと待てっ! ただでさえよくわかんないことになってるのにそーゆーことするなぁっ!
でも反論する間もなく後ろからがしっとしがみつかれてしまった。う、このままだと中に入れても入れなくても困ったことになりそうな気がする。凄くするっ。
手ひっこめたいけど、鏡持ってるか持ってないかもわかんないよー。碧、はやく持ってってくれぇ!
 碧が鏡を受けとってくれた直後、予想通り(?)オレ達は部屋の中に倒れこんだ。なんか藤枝に蹴られたような気がするけど気のせいか……?