夏。
 青い空。白い雲。
 目の前に広がる紺碧の海。
ふふふふふっ、ここでオレの野望のひとつ、「海に向かってバカヤロー」を達成してやるぜ!

 そう、オレ達は西伊豆の某所に来ている。ふ〜けんの夏休み合宿ため、というのは名目で、実際には単に海で遊びに。最初は来るつもりなかったんだけど、晶一と碧にふたりして「行くだろ!?」「行くの?」って聞かれてつい頷いてしまったってわけだ。オレって意志弱いかも……。ま、まぁスケジュールにミステリースポット探索とか肝試しとかあるのは目をつぶろう、うん。
 駅からバスに乗って数十分、山間に民家もまばらになったところで降りる。すぐそばに砂浜があって、さっそく晶一が走って行く。サングラスかけたままで走ると危ないぞ〜。霜月がすぐにその後を追った。山肌が直接海岸になっているようなところだ。前は海、後ろは山。その間に砂浜。
夏の海なんて人混みだらけかと思ったけど、ここはすいていいなー。見回しても海岸には誰もいない。ただ波が打ち寄せるだけだ。少し離れた場所に何か立ってるのが見えるぐらい。あれは……石碑かな?
「青い空! 白い砂浜! 海! どこをとっても完璧だが…この空しさは何?」
「暑い焼きそば、冷たいかき氷!」
先に行った晶一と霜月が何か大声で言っている。
「俺の心をときめかす、水着のおねぃちゃんが一人もおらんではないかっ」
「海の家はどこーっ!?」
 このふたりは剣道部の先輩後輩なんだそうだ。さっきはじめて知ったけど。
 ふ〜けんのメンバーは結構たくさんいるので、たまに全然顔を見たことがない人がいたりもする。顔知ってても話したことない人もいっぱいいるけどね。
今回班分けで1年の霜月と2年の各務が一緒になったんだが、話を聞いているうちに、霜月は碧と同じクラスなんだとわかった。各務は何度か部室で顔はあわせてるけど、どんな人なのかは知らなかったりする。
「霜月…オノレは食うことしか頭にないのか…」
「だって、海とか、海とか、海とかは、先輩が先に言ったじゃないですか」
いや、でもオレも夏の海に、海の家は必須だと思うぞっ!! 「海が好きーーーっ!!」って叫ぶオヤジとその息子、いや娘とか。
「……とーやも残念?」
横にいた碧が尋ねてきたので、頷いた。オレもかき氷食べたかった。バス冷房なくて窓全開にしてたけど、それでも暑かったしな。
「あ、各務くん、飛龍くん、ちょっと、こっちに来てくれる?」
「やっぱりそう思うか、ひーちゃんっ」
安藤に呼ばれてふりかえったとたん、晶一がいつものように後ろから抱きついてきた。すかさず写真を撮られてしまう。うう、安藤〜、新聞部だからってそれはないよー。オレをむやみに写すとヘンなものも一緒に写るよってそんなわけあるかい。自虐ボケツッコミはやめようなオレ。藤枝よりシャッター切るのが素早いなぁ、やっぱり。
「ありがとうねっ」
それでも嬉しそうにお礼を言われると、なんとなくいいことしたのかなーって気になる。へへへっ。写真は苦手だけど、ちょっとぐらいなら撮られてもいいかな?
「…やっぱりちょっとあぢいな…」
背中にくっついてる晶一が呟いた。暑いなら離れろって……そりゃスキンシップは嬉しいけどね。夏場はちょっと……でもまったくなくなっちゃったらそれも寂しいかな……いやいや。
 安藤と各務が、部費がどうのこうのと話をしている。各務って軽音でバンドやってるって聞いたけど、新聞部にも入ってたの? あれ?
「どうした? 何かあったのか?」
さっき写真撮られたんだよー。やたらとカンが鋭いクセに、どうして気づかないかなー。
その晶一の写真は、フィルムがもったいないとかで撮らないらしい。そうかなー、晶一ってオレから見てもカッコイイと思うんだけどな。
「……確かに、フィルムに暑苦しさまで映りそうだしな」
「きょ〜ちゃん…君とは後程ゆっくり話し合おうぜ…」
「悪いな。暑苦しいのは嫌いなんだ」
晶一がやや険悪な表情になりつつあるのと対照的に、各務は涼しい顔だ。確かに暑苦しいかもしれない、とちょっと我が身をふりかえる。
「とーや、大丈夫よ。さっきの写真、きっと晶一先輩も写ってるから」
いや別に心配はしてないけど……。自分が写ってる写真見るのはちょっとイヤかも。どうせ仏頂面しかしてないし。写真とる時に、笑ってって言われるのが苦しいんだよなぁ……。もっとも集合写真以外で写真撮られる機会ってのもほとんどなかったけど。もしかして怖がらずに写真バシバシ撮ってくれる安藤には感謝するべきなのかもしれない。
「んじゃあ、またあとでねー」
カメラをかかえて去っていく安藤に、感謝の気持ちのかわりに手を振ってみた。ありがとね、安藤。
 安藤が背を向けたところで、碧がため息をつく。なになに、何か心配ごとか? おにーちゃんに相談してみなさい。
「冗談だって判ってるけど…でも、ちょっと水着に着替えるの、躊躇しちゃう、ね? ゆーちゃん」
「海の家がないから、なおさら着替えに躊躇しちゃうわ」
ああっ、霜月に相談しなくても! じゃなくて、やっぱり海の家は必要だよな〜。
「それは、いけない。是非とも着替えなさい。」
晶一が妙に真剣な表情でふたりに言った。よっぽど水着見たいんだろうなぁ。ふ〜けんのメンバー以外にはホントに誰もいないし。
「よし、俺が誰ものぞかないように見張っていてあげようっ」
そうだな、オレと晶一と各務と3人で見張ってれば大丈夫かも。と言おうとしたところで、いつのまにか戻ってきていた安藤が晶一の背後から顔を出した。
「このバカが見張るなんて言っても信じちゃだめだからね」
「何おっ この澄み切った目を見ろっ」
「濁っているぞ」
サングラスをはずして目を見せた晶一に、各務がさらっと返す……うっ、いいなぁそのツッコミ! オレもそんなふうにできたらいいんだけど。思わず各務を尊敬。
しかしなんでそんなに目が赤いんだ、晶一。まさか家のお風呂で潜る練習でもしすぎたか? ってそんなことしなくても泳げるところはプールで見たやろオレ。それもそうだな。あーでもせっかく海に来たんだからオレもちょっとぐらい泳ぎたいなー。
「とりあえず、他のみんなも一旦、宿舎の方に行くってさ。」
「あ、じゃぁ宿舎で着替えてくればいいですね」
「んじゃ俺らも宿舎に行くか。」
まわりを見ると、他のメンバーも各々宿に向かっているらしく、さっきより人が減っている。堤防のほうを見ると、数人の後ろ姿が見えた。……あ、各務がいつのまにかあんなところ歩いてるじゃん。うーん、やっぱり各務って背高いし、カッコイイかも……。安藤といい、新聞部に入るとツッコミが得意になるんだろうか。オレも入部させてもらおうかなー。
なんてことをぼんやり考えていたら立ち止まってしまっていたらしく、碧に宿に行こうと言われてしまった。慌てて歩きだす。
 晶一がふりかえって、石碑らしいもののほうを見て何か言ったけれど、海風にさらわれてよく聞こえなかった。

 山道をしばらく登ると、目的の宿舎に着いた。建物の外見だけ見ると、旅館か民宿みたいだ。けっこう古そうな建物と、日本庭園が見える。『月下』という屋号が入っているところを見ると、本当に旅館だったのかもしれない。
 玄関に入るとそこで晶一がつぶれていた。霜月と先に走っていったんだけど、走りすぎたのかな? けっこうキツい坂だったもんなぁ。
晶一を尻目に靴を脱いでスリッパにはきかえると、人の良さそうなおばさんがにこにこと迎えてくれた。碧と一緒に軽く頭を下げる。碧もだいぶ疲れたのか、汗をハンカチでぬぐっている。オレもけっこう汗かいちゃったから、水分補給したい……自販機とかないかな?
「あ…とーやも汗…」
きょろきょろしていたら、碧が別のハンカチを取り出して渡してくれた。ありがとー妹。でもハンカチはオレも持ってるよー、と思いつつ受けとる。
先に着いていた霜月がばたばたと碧を呼びに来て、ばたばたと去っていった。
……あ、踏まれてる……。
つぶれてた晶一がさらにつぶれたので、助け起こした。相変わらずお笑いに身体はってるなぁ。でも霜月、もうちょっと足元も見て歩こうな。
「なにやってんの?」
安藤がそれを見てこちらにやって来た。手にはカメラだけになっている。もうみんな部屋に荷物置いてきてるんだな。
「あ、少しバテちゃって…」
「まあ、結構急な坂だったしね。でも、こいつは…」
まだしんどそうにしている晶一を見やる。全体重かけて踏まれたもんなぁ。
「あ、えぇと、晶一先輩は坂でばてたわけじゃなくて」
「年下に踏まれるのが趣味らしいな」
碧が事情を説明しようとしているのに、さらっと各務がつっこんだ。ナイスたいみんぐっ。
でも碧がちょっと怒って各務を睨んでる。が、その視線もまったく気にせず「ちょっとした冗談だ」と受け流している。いいなぁ、クールで。やっぱりカッコイイな、各務って。今まであんまり話したことなかったけど。ふ〜けんで見かける時には、雑誌読んでたりしてて、こっちの話に入ってくることもなかったし。オレみたいに喋るの苦手なんかなって思ってたけど、実は全然違うじゃないかー。羨ましい。

 「じゃあ、休憩しながら、話しでもしない。面白い話仕入れてきたわよ」
ロビーのソファに移動したところで、安藤が少し笑いつつ切り出した。でも安藤の面白い話って、ホントに面白かったことって少ないような……。そういう笑いかたをした時には特に。
 そこに水着になった霜月が戻ってきて「一条寺先輩、浮き輪膨らませて!」と何かカラフルなビニールを晶一に差し出した。それから各務にはビーチボール。でもそっちにまだ残ってるその白黒のはナニ?
 晶一は素直に浮き輪に空気を入れはじめた。やっぱ女の子には優しいよな。各務はやる気がないようで、受けとったのはいいけど手に持ったままだ。
「岬の石碑と…この宿舎の奥にある神社の話しってのはどう?」
それを尻目に、安藤は話を続けていた。
「じ、神社なんかあるのかよ、ここっ」
「あるみたいよ。肝試しにも使うって言ってたし」
「肝試し…するんですか?」
碧が脅えた様子でこっちに少し身体を寄せてくる。
「……多分、神社では何も起こらないと思うぞ」
「……どこでも何かなんて起こってほしくないのに…」
うんうん、普通神社につくまでにナニかしかけてあるんだよ。それに神社みたいなところは、わりとなんにもいないんだよな。碧に心配するなよ、というつもりで肩に手を置く。脅かし役の人はいるだろうけど、たいしたことないって。
「ど〜せ肝試しなんか女子が男子にひっつく体のいい理由付けみたいなもんだ、気にすんな」
お、オレはあんまりひっつかれると困るけど……。でも碧はテレ屋さんだもんなー、そういう時でもないと、チャンスがないかな?