(8)no fear,no pain
夜の道を、子供を背負ったまま全力疾走するのは、ものすごく疲れる。(って〜か危ないからマネしちゃだめだよ!)しかし、その時、爽風の中にはナニぞとり憑いてんじゃね〜かと思うくらい妙なパワーが溢れていた。
息も切らせず海沿いの道に辿り着いた時、彼の目に入ったのは……
打ち壊された屋台と、その周辺で狂ったように走り回るバイクの集団、そして。
「ケンタくん……アオイさんっ」
バイクの輪の真ん中で、立ち尽くすケンタと、アオイの姿だった。
おびえるケンタを背後にかばい、けなげにも、きっと疾走するバイク集団を見据えるアオイ。しかし、彼女の若さと美しさが、かえってヤンキィどもの嗜虐心を駆り立てるのか。徐々に、徐々にバイクの輪が狭まってゆく。
「んなろっ」
踏み出そうとして、一瞬、爽風はためらった。
おいおい、これはTVの撮影なんかじゃないんだぞ!
なけなしの理性が冷たい声で囁きかける。
お前が出てったところで、何ができるってんだ?
ぎゅっと握った拳がほどけ、そろそろとポケットのPHSにのびる。
そうそう、まずは警察に電話して……
その瞬間、爽風の横をすり抜けて、誰かが前に飛び出した。
「ケンタっ!」
「え?」
彼だ。
スーツの男が飛び出すのと、バイクの輪が狭まるのと、ほとんど同時だった。
街灯に照らされ、きらっと男の眼鏡が宙に飛ぶ。
「危ないっ」
間一髪、間に合った。スーツの男はアオイとケンタを抱えて地面に突っ伏していた。
「怪我ないか……アオイ」
「こよみちゃんっ」
(……まさか、あいつ……)
3人を取り囲むように、バイクの群れは動きを止めた。派手なヘッドライトが容赦なく、倒れたアオイと、ケンタと、こよみを照らす。さながら追い詰めた獲物を囲む猛獣の目のように。
(いかん、早いとこ警察をっ)
慌ただしくPHSを取り出したその瞬間。
「たすけて……ソラゴトせんせいっ」
ケンタの声が響く。
「けんじんまるーっっ」
ほとんど悲鳴に近い、必死で全身から振り絞った絶叫。
その瞬間、迷いが吹き飛んだ。
カメラのある無しなんて、カンケイねえ。
「透、宏美、渉を頼んだぞ」
するっと背中から渉を降ろす。
「真庭さん?」
求める子供がいる限り
すうっと深く、息を吸い込む。カチリと、頭の中でスイッチが切り替わる。
いつだって、俺は……
「待てぃっ」
朗、とした声が、バイクのエンジン音をかき消し、響き渡る。
「せんせいっ」
「ふっ。待たせたな、ケンタ」
ヤンキィどもの目が、一斉に不意の闖入者に向けられた。
「神聖な祭りを穢し、あまつさえの乱暴狼藉、断じて許し難い」
ずいっと前に出ると、真庭爽風は……いや、剣師ソラゴトはつかつかと、大股で円陣の真ん中に踏み込んだ。そして、ヘッドライトをものともせずに(撮影時の照明で慣れてるらしい)はったとヤンキィどもをにらみ付けたのだ。
「早々に立ち去れいっ」
「すっこんでな、おっさん!」
手前の一人が、いきなり鉄パイプを振り上げ、殴りかかる。
「ふっ。オロカな……」
振り降ろされた刃、もとい、鉄パイプをはっしと受け止め、そのままぐっと押し返す。ゆらっとバランスを崩したところを、再度ぐいっと引っ張る。全ての動作が流れるように、ほとんど一瞬のうちに行われた。
次の瞬間。
殴り掛かったヤンキィは、ぱたっと地面に転がされ、代わって鉄パイプはソラゴトの手に握られていた。
ざわっとヤンキィ集団の間に動揺が走る。
「刀部流剣術、とくとその身で味わうがよい」
「おっさん!」
すかさず透が、崩れた屋台の残骸から手ごろなパイプを拾い上げ、投げる。
「応っ」
はっしと左手で受け取ると、ソラゴトはぴたり、と二刀流の構えをとった。
「来い!」
真夏のヤンキィは数が多いように見えても、所詮は寄せ集めの集団である。
既にこの時点で半数は毒気を抜かれて引いていた。
しかし、それでも意地になった何人かが、逃げ腰半分、自棄半分で、鉄パイプだのチェーンを振り上げ、襲い掛かる。
「遅い!」
そんな彼らの動きは、真庭爽風の目から見てさえ、悲しいくらいに隙だらけだった。
ひゅんっと抜く手も見せずに白刃……もとい、鉄パイプ一閃、ヤンキィどもが地面に転がった。
もっとも、数が数だけに一刀で、とは行かなかったのだが……
「ふりふり、あた〜っく!」
残る雑魚は物陰から飛んできたフリスビーだの
「食らえっ小型ミサイルっ!」
爆竹ロケットだの
「ぺたぺた手裏剣なのだ〜っ」
玩具の手裏剣だのの直撃を受け、ことごとく撃墜されてしまったのだった。(危ないから、良い子は絶対マネしちゃいけないよっ!)
「なんなんだ、このおっさんはっ」
「ヤベえ、コイツ、マジでヤベエっ」
逃げ出す機会を待っていた連中は、ここぞとばかり一斉に逃げ出し、後には白い特攻服をなびかせ、ひときわゴツいバイクにまたがった奴が一騎残るのみ。
「残るはどうやら、お主一人のようだな」
「けっ。関東番愚留党をナメんじゃねえ!」
「ぷっ……ダっせえ名前……」
一瞬、ちらっと素の顔に戻る爽風。
「いっそ、ばななワニ連合とでも改名したらどーだ?」
「ほざきやがれっ」
ぐおん、とアクセルを吹かすと、特攻服の男は真正面から突っ込んできた。
「あ、危ないっ」
アオイが悲鳴をあげる。
脅しも手加減もない。殺気に満ちた疾走。
まともに食らえば、命も危ないやも知れぬ。
しかし、不思議と恐れは感じなかった。
自分が何をしようとしているのか。何をしなければいけないのか。
どこまでもすっきりと見渡せるような気がした。
しん、と静かな、水のような心持ちだった。
「刀部ソラゴト流……」
かちっと両手の鉄パイプを十字に組む。
「ばつの字切りぃっ」
気合一閃鮮やかに、必殺技が炸裂!
(手ごたえ、あり)
次の瞬間。
特攻服の男は宙に舞い、ゴミ捨て場に頭から突っ込んだ。
そしてバイクの方はと言うと、高々と跳ね上げられ、ガードレールを乗り越えて……
「ねえ、透くん、この先って、ひょっとして」
しばらくして、ばっしゃん!と派手な音と、水しぶきがあがった。
「海だったみたいだな」
「うん」
ヘッドの意地か、それともただ単に丈夫なだけなのか。特攻服の男はよろよろと立ち上がり、ポケットから、ナイフを引っ張り出した。
「こ、このやろうっ」
ぱちっと金属の柄が翻り、無気味に光る刃があらわれる。
慣れた手付きだった。
「ふっ、オロカな」
くるりと背を向けるソラゴト。
「てめっ」
その背中に向かって一歩踏み出した瞬間。
ぱらり、と切れた。
白い特攻服はおろか、その下のサラシから、ズボンに至るまで、ものの見事に、ばつの字の形に。
切れた服は、はらはらと脱げ落ちて、あっと言う間に、ヤンキィはぱんついっちょに。しかも、そのぱんつと来たら……
「こげぱん……」
「こげぱんつだあっ」
「やだ、やさぐれてるっ」
「かーわいいっ」
どっと、周囲から爆笑が沸き起こる。
もはや、こうなってはヘッドの威信もへったくれもあったもんじゃない。
耳まで真っ赤になると、ヤンキィ男は脱げ落ちた服をかきあつめ、脱兎の勢いで逃げ出した。脱げたズボンに足をとられながら……。
「またつまらぬモノを斬ってしまった……」
「それ、セリフ違うよ、おじさん……」
(9)君がくれた笑顔だけポケットにしまって
あれほどの立ち回りがあったのに、跳ね飛ばされた眼鏡は奇跡的に無事だった。
こよみはそっと、アオイたちから離れ、眼鏡を拾い上げた。土ぼこりを払って顔に乗せる。口からふうっとため息が出た。
飛び出したまではよかったが、何もできない自分が……自分の無力さが悔しかった。
「よっ」
ぽん、と背後から肩を叩かれた。
「ソラゴトさん……」
「今は真庭爽風だ。ただのしがないB級俳優さ」
言いながら、爽風はくいっと親指で背後を示した。
少し離れた場所で、ケンタとアオイがじっとこちらを見つめている。
「行けよ」
「しかし、私は……」
唇を噛みしめ、こよみはうつむいた。
「情けないですよ……女房に逃げられて、それでも仕事優先で。やっと休みがとれて、慌てて追い掛けてきたんです。挙げ句に、これだ」
(そっか……あのビデオ……そうだったのか!)
少しでも、絆を取り戻したかったのだろう。息子と、妻の好きな番組を見て、溝を埋めようと、彼なりに必死だったのだ。
「結局、私は妻と子を、守ることさえできなかった」
「んなことないって。あんた、あの二人のために飛び出してったろ?」
一旦言葉を区切ると、爽風はこよみの顔をのぞきこみ、声を潜めた。
「あん時さ。俺、情けないけどびびってたんだ」
「えっ」
「だから、出遅れた。だのに、あんたと来たら……」
爽風の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「正直、かなわないなあって、思ったよ」
口いっぱいに頬張った苦い薬を、無理矢理飲みこんだような笑いが。
「それにさ。ケンタは、ずっとあんたを待ってたんだぜ? もちろん、アオイさんも」
「まさか! そんな」
「あの二人がさ。なんで、ワタノレの……ソラゴトのファンなんだと思う?」
「あなたが好きだからでしょ?」
「うんにゃ」
爽風は目を閉じ、かぶりを振った。
ああ。それだったらどんなにか嬉しかったことか。
ずくん、とかすかに胸の奥が疼く。
「あんたと俺、な。声がそっくりなんだぜ?」
「えっ」
こよみは目を丸くした。
気付かないのも道理、自分の耳に届く声と他人に聞こえる声とは若干異なっている。爽風自身、たまたま俳優と言う仕事柄、録音された自分の声を耳にする機会が多いので、気付いたに過ぎないのだ。
「何しろ、渉がまちがえたくらいだからなあ……」
『声が同じだから、まちがえちゃったんだ』
あの時、渉はこう言っていたのである。
ぽん、ともう一度、爽風はこよみの肩を叩いた。
「行けよ。待ってるぜ。ケンタくんも……」
次の名前を言うには、若干、勇気が要った。
「アオイさんも、な」
「あ……ありがとうっ」
だっとこよみが、走り出す。
背後で、アオイが呼んだ。
「真庭さん!」
背を向けたまま、爽風は黙って手を振った。
(ま、しゃあないさ)
どん、と空気を震わせ、大輪の花火が開いた。
(悪を倒したら、とっとと去る。それがヒーローのお約束ってもんだぜ)
どんっとまた、花火が上がる。
(ちょっとばかり、シャクだけどな)
こよみと、アオイと、ケンタはそっと、遠ざかる爽風の背を見送っていた。
3人の手がしっかりと結ばれているのが、見なくてもわかった。
(いや、かなりシャク、かも知れない)
「なんか、さあ」
宏美が口を開いた。
「いつも通りって気がするよな」
透が続ける。
「うん」
渉がうなずいた。
顔を見合わせると、3人はうなずき、爽風を追って駆け出した。
ふにっと小さな、柔らかい感触が右手に当たる。渉の手だと、見なくてもわかった。
「……そだね、迷子になるといけないからね」
花火が開き、消えて行く。
消えるそばから、新しい花火がまた上がる。
「あ、ボクも!」
空いた左手に宏美がぶら下がる。
時間は過ぎてゆく。誰にも止められない。
いつか、大人になるだろう。
この子たちも。
番組を見てくれる、ケンタのような子供たちも。
「お前も混ざるか?」
「そうですねえ……」
透は一瞬、真面目な顔で考え込んだ。
先の事は判らない。
増してこの先、自分がどの程度のモノになれるかなんて。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「ちょっと待て、なぜそこで助走距離をとるっ」
それでも、いつか。
いつか、子供たちが大人になって、ある日、ふと子供だった時間を思い出した時。
懐かしさと、かすかな胸の痛みと共に振り返る思い出の中に、『真神英雄伝ワタノレ』と言う番組があるとしたら。
剣神丸と言うメカがあるとしたら。
刀部ソラゴトと言う男がいるとしたら。
爽風は思った。
それはそれで、とてつもなく素敵な事なんじゃなかろうか、と。
「そーれっっ」
だっと助走すると、透は勢いよく、爽風の背中に飛び乗った。
「だあっ」
かろうじて踏み止まったものの、みしっと背骨がきしんだ。
「アイキャッチじゃねえぞ、まったくっ」
「だったら龍壬丸も呼ばなきゃねっ」
「俺を潰す気かあっ」
ま、いっかー。それなりに、楽しいから。
(10)too hot,to stop
「ふーん、そんな事があったんだ」
旅館のベランダ。
開け放した窓から吹き込む海風がここちよい。
相変わらず夏バテの青葉は、土産の焼き鳥を片手に(共食い?)透から一部始終を聞いたところだった。
「それにしても不思議なのはさあ」
麦茶を片手に、透が首をかしげた。
「バイクからたたき落とすだけじゃなく、どうして服やヘルメットまで切れたのかって言う事なんだ。ばつの字の形に、もののみごとにばっさりとさ」
「んーなの……いつもやってることじゃん」
「あれ、特撮だろ?」
「あ」
「第一、おっさんが使ってたのは、鉄パイプだぜ?どーやったら切れるんだよ!」
「うーん……」
青葉はぱたぱたと団扇をはためかせてから、まじめくさってこう、言った。
「まあ、ほら、それがヒーローってもんだろ?」
翌日、事件を解決したワタノレ一行が、海辺の村を去るシーンを撮影してロケは終了した。
ラストシーンの見学者の中には、アオイたち3人の姿もあった。
「達者でなあ!」
別れを告げるソラゴトの声は、心無しかいつもより少し、しんみりしていた。
こうして、おじさんの夏が終わった……訳ではなかったりして。
「よーし、ご苦労さん。来週からはスタジオの撮影だっ」
「だーっそれがあったかあっ」
まだまだ当分、熱い夏が続きそうである。
(おしまい)
「あ、次回の舞台は火山ね、火山」
「げーっ」
「勘弁してくださいよ、監督っ」
「あ、青葉さんが倒れた……」
(解説、のようなもの)
ワタノレ第3話の撮影の裏話、と言う設定で書いたこの駄文、僭越ながら、先月お亡くなりになった塩沢兼人さんに捧げます。塩沢さんは、PS版ワタルで、ソラゴトのおっさんの原形になった「剣部アラゴト」の声を演じておられたのです。
とか何とか言うてる割には、やってることは、すっかりオリジナルなんですが(^^;
特撮の撮影にしたって「宇宙船」のインタビュー記事とか、学苑祭の自主作成映画しか知らないんでほとんど想像で書いてます。(その道の方が見たら憤慨ものだろうなあ……)
だから、雰囲気はどっちかって言うとTRPGやってる時の裏話ですね。
ちなみに各パートのサブタイトルは歌や映画のタイトルないし歌詞のパロディ(あるいはそのまんま)になってまして……全部当たったらかなりのマニア通です。
最後に名前を拝借してしまったFRPGSの友人一同に、この場を借りて「ありがとう」と「ごめんなさい」を贈ります。(特にヒロインな)
ありがとねっ。